上空10,000メートルを飛行する航空機。その外気温はマイナス70度になる極寒の大気の中を飛行した後、着陸する時の外気温の温度差は60度〜80度に達することも。そんな過酷な状況に晒される航空機ですが、客室は快適な気温と湿度に保たれています。
そんな客室と貨物エリアの気温差を隔てるための重要なパーツが航空機の床の部分に使われているフロアパネル。カーペットが敷いてあるので普段見ることはできませんが、耐久性、断熱性、そして軽さを実現するために開発された特殊な素材でできています。そして、乗客や椅子などの各種設備など、相当の荷重がかかるフロア材をアルミ製の補強フレームがその下で支える構造になっています。
この客室を快適に保つための大切なパーツを悩ませていたのが「サビ」。寒い冬の窓が結露で水浸しになるように、温度差が激しいフロアパネルの下側部分は結露が発生しやすく、フロアパネルと補強フレームの間に水分が発生し、それが補強フレームのサビを誘発してしまうのです。と聞くと、ただのサビと思うかもしれません。しかし、一度に何百人を乗せて空を飛ぶ航空機にとって、ほんのわずかなサビの発生が重大な事故のリスクになるのです。まさにサビは航空機の安全にとって最大の敵なのです。
この補強フレームに貼ってサビの発生を防ぐテープが、航空機用防サビテープ『AEROSEAL™』です。温度、気圧条件が大きく変わる環境下でもはがれない粘着テープでありながらも、機材メンテナンス時にははがしやすい、という相反する特徴を両立した防サビテープAEROSEAL™は、現在北米の航空会社で採用されており、今この瞬間も航空機の床下でサビの発生を防いでいるのです。
この防サビテープAEROSEAL™が生まれたきっかけとなったのは、北米現地法人Nitto Denko America(現Nitto, Inc.)の市場調査の結果から。サビと戦う航空機業界において、特にフロアパネルと補強フレームの間に発生するサビを防ぐための技術が求められていることが分かってきました。
ただし、当時は航空機業界にほとんど知見や人脈がありませんでした。一方、航空機に乗せて空を飛ぶすべての部品や材料は、他の業界と比べて、とても厳しい品質テストが求められる世界。まだ顧客もいない段階で、手探りで調査しながらの開発がスタートしました。
他社の防サビ技術をテストしながらニーズを探り、同時に厳しいアメリカの審査基準やテスト方法などの情報収集を担当したのはNitto, Inc. Aerospace Business Promotion Div. General Managerの牟田。
「万が一メンテナンス時にわずかなサビを発見したとしたら、その鉄骨に貼られている防サビテープは全て張り替えなくてはなりません。サビを防ぐことに加えて、メンテナンスしやすいことが求められました」(牟田)
防サビテープAEROSEAL™の原型を開発しても、その評価には半年。さらに、航空機に搭載されるためには数年間のテストが必要になるのです。開発開始からすでに10年以上経過した末にようやく製品化された防サビテープAEROSEAL™は、アメリカの航空会社の採用を果たしました。
「評価いただいたのは、他社製品にない密着性。客室からの湿度が、鉄骨にしっかり密着することで浸透させない点がNittoならではの強みでした。」(牟田)
現在、評価中の航空会社も数社あり、かつ航空機メーカーでの品質認定テストも進んでいます。防サビテープAEROSEAL™は北米の空で、そして世界の空で飛ぶためのチャレンジの真っ只中なのです。
Nittoには、サビを防止するテープが数多く存在しています。それらは橋や工場の配管など、水けが多い場所で腐食を防ぐテープとして活躍しています。防サビテープAEROSEAL™も、そういった防サビテープの技術を応用するのかと思いきや、実はその技術は使うことができなかったのです。航空機事業推進室 製品企画グループの楯によるとその理由は、
「橋梁などに使う防サビテープは一度貼ったらはがさないので、はがれにくいことが求められます。ところが、航空機の場合は定期的なメンテナンスのためにテープをはがす必要があります。防サビ効果もありながら、燃えにくい、はがれにくい、けれどもはがしやすいという特性が求められたのです」(楯)
試行錯誤が続く中で日本の開発陣が見つけ出したのが液晶パネルの表面に貼る透明度の高い粘着シートでした。光学用透明粘着シート LUCIACS™は、フラットパネルディスプレイなどの光学フィルムなどの貼り合わせに使われる製品で、鮮明な画像の表示と高い粘着性の両立が求められます。LUCIACS™の中には、液晶パネルの製造工程時に、一度貼ったフィルムの位置調整を行うため、粘着性はありながらもはがしやすくしている種類のものがあったのです。しっかり粘着するが、はがせるという相反する性能はNittoが長年培ってきた技術です。LUCIACS™で活用されているこの技術を応用することで、しっかり粘着してはがしやすい防サビテープAEROSEAL™が生まれました。新しい製品を開発するヒントはNittoが持っている膨大な技術の中にあったのです。
「Nittoらしさの一つが、ワイワイガヤガヤ研究しているところ。航空機用防サビテープを開発しているチームのすぐそばに、たまたまTVのディスプレイを開発しているチームがいたのです。日本の研究所のちょっとした交流から、北米の空を飛んでいるAEROSEAL™は生まれたのです。」(牟田)
一際安全性に厳格な北米航空業界の品質試験に挑んでいる防サビテープAEROSEAL™。そこで求められる厳しい品質に応えるために、AEROSEAL™は安心・安全を追求した製品へと進化を遂げていきました。そこで鍛え上げられたこの製品は、今後は自動車などの分野で活躍していくかもしれません。サビを防ぐという技術が社会のさまざまな製品の裏側を支える日もそう遠くないでしょう。